静かな風景の中で、ものづくりの原点を見つめて
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年始の旅で訪れた東北。
松島にある 円通院 三慧殿 で、改めて心に残った感覚がありました。
仏教建築の中に、よく目を凝らすと、どこか異国の気配を感じさせる意匠。
洋バラやダイヤ、スペードなどの西洋的な文様が、強く主張することなく、静かにそこに存在しています。
それらは当時、キリスト教への警戒が強まる中で、表立って語られることなく、
自分たちの美意識の内側に、そっと抱え込まれた痕跡でした。

異なる文化と出会ったとき、排除するのでも、全面に掲げるのでもなく、
自分たちの文脈の中で咀嚼し、文化として組み直していくこと。
この在り方に、日本文化ならではの、繊細で成熟した感覚を感じます。
私自身、ものづくりに向き合う中で、この「扱い方」に何度も立ち返ってきました。
素材や技法、意匠。
どれも、受け継がれた伝統をそのまま守ることだけがいいわけでも、これまでにないような斬新さだけがいいわけでもない。
今の時間の中で、どう受け取り、どう編み直していくか。
その姿勢こそが、ものに宿る佇まいを決めるのだと思っています。

その後に訪れた、会津若松の 御薬園 では、雪吊りに差し込む冬の光が印象的でした。
豪華さではなく、整えられた静けさ。
余白の中に、季節と時間が重なっていく感覚。
東北の奥行きある雪景色には、視覚から生まれる感覚が、心にそっと余白を与えてくれる力があるように感じます。
何かを足して完成させる美ではなく、抱え込み、静かに内に育てていく美。
Orinuvaが大切にしているのも、まさにこの感覚です。

受け継がれてきた日本の文化や手仕事を、形や表現は時代に合わせて変えながらも、その核心を見失わないこと。
異なる文化や素材と出会ったとき、自分たちの文脈の中へと丁寧に組み込みながら、今の暮らしに寄り添うかたちへと編んでいくこと。
静かな東北の風景の中で、改めて、ものづくりの原点を見つめ直す時間となりました。